小学校の時に謎に踊らされたジンギスカン

小学校の時に謎に踊らされたジンギスカン

ふと思い出したジンギスカンという曲。

かつて小学校に通っていた当時、縄跳びの時間に曲に合わせて踊らされた気がする。

でも何でこの曲だったんだろうか。

調べたら初出は1979年。

世代でもなんでもないのに何でこの曲だったのか。
せめて馴染みの曲とか流行りのアーティストの曲ならモチベーション高く取り組めただろうに、
何で縁もゆかりもない異国情緒満載のこの曲だったのか。

学習指導要領にあったんだろうか。
それとも職員会議で決まったんだろうか。

職員会議で決まったんならきっとこんな感じだったのだろうか。

——-

水を打ったように静まり返った小学校の職員室、この重く何十時間とも思える沈黙の中で初老に近い男性教師が重い口を開く。

「子供の情操教育で縄跳びを使ったレクを取り入れたい。もっとも効果的な曲は何か、忌憚なく議論したい。ここでは立場関係なく意見するように。」

一拍おいて妙齢の女性教師が口を開く。

「私はTRFのsuvival danceが良いかと存じます。生徒たちには”ノーノークライモア泣かない”というメッセージ性の強いフレーズも伝えられますし、サビの”イェイイェイイェイイェイイェイウォウウォウ”というフレーズにも体を動かすだけではない、本能的に訴えかける力強さを育てられるのではないでしょうか」

初老の男性はその彫刻のように刻まれた額のシワをゆがめながら静かに言った。

「…リズムが取りづらいね。
私もプライベートで二度ほどサバイバルダンスに合わせて縄跳びをしたが、運動量が激しすぎて心肺停止に二度ほどなったよ。
それに、小学生が”この夏こそはこの夜こそはこの街きっと見つかる“ってどういうことかね。
際どい表現はPTAも嫌がるからね、十分配慮してほしい。」

それに対して堰を切ったように反論し始めたのは血気盛んな若手の男性教師。
ジャージのめくった袖から逞しい腕がのぞく。
「では、”EZ DO DANCE”ならどうですか!?
これからはグローバルな人材が必要とされる中で、歌詞にいっぱい英語が入っており、不肖私でさえも難解な単語が多く、体を動かしながら語学教育もできるのではないでしょうか!?」

諦めに近い表情のまま初老は言った。
「さっきと一緒でテンポが早い上に歌詞が際どいだろう。
“ミッドナイトタイムからこの場所で”って、どういうことかね。あとあのレベルの英語わからないってクリティカルにヤバイな。あと3週間は自宅待機して黙っていてくれ。」

「た、たしかに…失言をお許しください…」

意気消沈し、若手の男性教師は席に着く。
こいつはどうやって教員免許を取得したのだろう。

ブレストは否定ではなく肯定によりアイデアを生み出す発想手段であることを初老教師は理解していた。

しかしそうせざるを得なかったのは焦りか、或いは…

議論が暗礁に乗り上げた膠着状態の中、
若手男性教師の横に着座していた一見不健康そうな肌色が目立つ、痩せた骨格に黒いメガネフレームの理系男性教師が口を開いた。

「ここは間をとって、globeの”face”はどうですか?私の計算では99.8%の確率で小学生には踊り易く、、」
一回TKから離れろ!あれ不倫の歌だし!バカ!ほんとアホだな!
初老教師は吐き捨てるように告げ、残り少ないタバコに火をつけた。

ぴしゃりと跳ね除けられた理系男性教師は何事もなかったかのように自分のノートに再び目を落とした。その目には一筋の涙が浮かんでいた。ただただ悔しかった、と後に述懐している。

子供のことを思えばこそ、絶対に妥協できない。
今日の決断の積み重ねが子供達の明日を、未来を創るのだから。
それが初老男性教師の校長としての、教育者としての矜持だった。

この縄跳びで流す曲を決める会議が始まって結論が出ないまま3時間が経過しようとしていた。

気まずい停滞感が部屋一面を覆い、なかば諦めムードが漂っていた。

「好き好き好き一休さんはどうか?」
「「いや、それだととんちが鮮やかではない子供の親から”我が子は一級品じゃないんですか?”と抗議が来るかもしれない。」」

「親父のいちばん長い日はどうか?」
「「長いだろ。13分て。どんなモチベーションで生徒は飛び続けるんだ」」

「crazy gonna crazyはど…痛い!」

決して妥協はしないと決めたものの、長時間の会議に陥りがちな決断力の鈍り、発想の狭まりを誰もが感じていた。

そんな折…
「閑話休題。ここはひとつ休憩にしよう。ちょうどお世話になっている新聞屋から近くのお店の割引券を頂いたんだ。腹ごなししてから議論再開としゃれこむのはどうかな?」

初老教師は長年のナレッジにより適度な休憩が脳に及ぼす影響を熟知していた。
だからこその提案だった。

「賛成です。ところで、なんのお店なんです?」
妙齢の女性教師が興味ありげに尋ねる。

「えーっと…ジンギスカン、羊肉だ。最近じゃ珍しい専門店だそうだ。」

初老教師はこともなげに吐き捨てた。

と同時に

「ジンギスカン…?ジン…ジン…ジンギスカン?エーシャナホーシャナ…」
無意識に自分の口から出た言葉を反芻し、それが頭の中で意味を帯びてきた刹那、ピースとピースがカチッとハマった音がした。
そうだ、これしかない。

「”ジンギスカン”だ!リズム感にグローバル視点、歴史的なアプローチ、全てにおいて縄跳びに必要な条件を満たしている!

縄跳びの曲は”ジンギスカン”で行こう!やったぜ母ちゃん!明日はホームランだ!」

苦節教師生活数十年、この時ほど熱を帯びてジンギスカンを熱く語った事は無かった。

その蒸気にほだされてか、

「うん、ジンギスカン…これは行けますね!」

「曲で流れてる英語は難しくて何言ってるかわからないけど勢いはありますし、独自性もある!これは決まりですよ!よーしこれから忙しくなるぞ〜!!」

「私の計算では99.9%の生徒が高いモチベーションで取り組むでしょう。アグリーです。」

教師たちから続々と賛同の嵐。

答えは悩んだその先に必ずある。
その答えに向かって諦めずにアプローチし続けることが人を創り、未来を創るのだ

と晩年、初老教師は述懐している。

かつてモンゴルの英雄と呼ばれたジンギスカンがそうであったように。

きっとこんな風に決まったに違いない。

縄跳びの曲。